【感想】★★★☆☆(65点)
概要
インドで代理母出産に関わる人々を追ったドキュメンタリー映画。
感想
代理母として双子を出産した女性が、帝王切開の手術直後には放心したような表情をしていたが、その後、双子への接触を境に徐々に覚醒していくのが印象的だった。新生児室で双子がケアされている様子を食い入るように見つめる目は動物的な母なるものそのもので鋭い。
そんな体調が万全ではない彼女がベッドサイドの椅子に気だるそうに体を歪ませて腰掛ける傍らで、本来彼女が横たわるはずのベッドにあぐらをかきながら、代理出産で得る対価に思いを馳せて夢を語る夫の姿はもはやホラーであった。
双子の引き取りが遅れるなか、彼女はこっそりと自分の乳房を赤子に含ませていた。どのような感情であったのだろうか。
ついに双子をカップルが引き取りに来て別れの時を迎える。建物内で見送る彼女は、手を伸ばさないように自ら戒めるように、背中で何度も手を組み換えていた。
双子を見送った後すぐに簡易タクシーに乗り込む彼女が「奥の座席に座りたい」と母親に伝えるシーンがある。これだけがたったひとつの我儘のようであった。
代理母ビジネスについて
スラムで女性が生きていく難しさや代理母の日常が描かれている本映画には考えさせられることが多い。代理母への人工授精時には複数の受精卵を移植し、多胎児になった場合は後に子宮内で選別されることも、私は知らなかった。その事実に驚き苦しむ代理母の姿はなんとも言えない気持ちになる。どうにか割り切ってビジネスとして挑んだ場で、そのような罪をも背負うことになろうとは。
個人的には、代理母は人間の領域を超えていると思う。向井亜紀さんが「代理母頑張ってきます」と渡米したときからずっと違和感があった。
「食べていけない」という現実に対する解を私は持たない。だからこの言い様は卑怯だろうとも思うが、代理母ビジネスは今後数百年単位で女性性を危険にさらす可能性を孕んでいる。スラムで家も買えない程度の対価で請け負わせるべきものではないだろうと思う。女が女を追い詰めることに緩やかに加担している。
「娘に家を残したい」そんな気持ちで携わった代理母ビジネスが、将来その大切な娘を喰らいつくすことに繋がらないようにと願うばかりだ。
それほど「我が子」を抱きたいのだろうか
見下される仕事である上に危険も伴う代理母は、他に選択肢がない女性が担わされている。待合室でさえ「代理母の誰々」と呼ばれていた。そういう貧者を追い込んでいる者こそ糾弾されるべきであろう。
「産めないが、自分の遺伝子を持つ我が子を抱きたい」このようなグロテスクな願いを金銭で解決するとは、一体どのような了見なのか。「諦める」ことも人生においては大切な学びだ。私はこのような人間の傲慢さと、神をも恐れぬ行為がただただ恐ろしい。
私は子供を産みたいと思ったことがない。30代の頃に、この人に懇願されたら産むのかもしれないと思ったことはあったが、その行程と生涯縁を切れない者を生み出すという現実が重く、その人との子供については途中までしか想像しなかった。
私は30代だった頃、よく年下の女性に懐かれた。彼女達はいつも「結婚したい」と言っていた。なぜ結婚もしていない私と話したがるのか謎だったが、年上の独身女性と話して安心したかったのかもしれないし、生き方を模索していたのかもしれない。
そのなかで、よく「子供が欲しい」と皆言っていた。私にとっては不思議な感覚だったので「なぜ?」と聞き返したものだが、甥姪がかわいいとか、自分の子供を抱いてみたいとか、またこれも分かるような共感できないような答えだった。稀に「両親がしてくれたように」というまばゆい答えもあった。
退屈な会話のなかで考えていたのは、養子の選択肢はあるのか、例えばハンディキャップを持って子供が生まれてくる可能性について考えたことはあるのだろうか、ということだった。親が子を愛せないことはある。多くの者が「我が子は可愛い」みたいなファンタジーを信じていることに私は戸惑ってしまう。
きっと非人間・鬼子扱いされるだろうから、これらのことは口にしないが、産まないと決めていてなお、私は想像する。その結果、自分がとても薄情であることも知ったし、責任に耐えられる器でないことも理解した。また、現状の社会的支援に相当の問題があることも分かってくる。自分に失望するが、学ぶことも多い。
これらの議論は時にタブー視され、優生思想に繋がるとヒステリーを起こす者が多いが、ちょっと待ってほしい。障害児と離婚件数の相関は昔から指摘されている。子供のハンディキャップについて想像したり話すことは大切だ。こういう機会に一緒に考えておくことで、自分事として社会で足りないものに気づくことができるし、間接的であっても福祉に関わっていくことができる。議論は導き方次第なので、もっと豊かな土壌が日本にできればと思う。
そして、自分の遺伝子にこだわるというのは、凄いことだなぁと思う。私は自分の遺伝子なぞ残したいと思ったことがない。それだけ肯定的に生きてきた証なのか、深く悩まずに済む環境にいられたということなのか、何かを超えてきたということなのか。割とシンプルに羨ましい。
産むと育てるの連続性はそれほど重要なのだろうか。それを得られたことは素晴らしいが、それだけが至上であるとも思わない。親子の相性は血縁であってなお難しい。今既にある生命を大切にするという方向に世界が向かってくれればと願うばかりだ。
本作品で何か感じた方は、ぜひHuluの「侍女の物語」も視聴してみてほしい。
https://www.youtube.com/watch?v=LHUDszG7n4Y