レビュー

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」

https://youtu.be/K8ooCVZTtys

【感想】★★★☆☆(74点)

概要

余命数ヶ月となった女性が人生を収束させていく物語。「善」でも「正」でもなく、「必要」なことを選び取る勇気を教えてくれる。

感想

娘の諸問題への対応について、私を含め驚いた方が多いのではないかなと思います。ただ、物語をたどりながら考えたことは、「ああ、この女性は、急いで娘を大人にしようとしているのだな、しなければならないのだな・・・そして、何を娘に残すかを考え、それが最善だと、あらゆる矛盾と痛みを呑み込んで決断したのだ」ということでした。

余命映画は数あると思いますが、ここまで強く主人公の「覚悟」を見たのは初めてかもしれません。それに対する非難も含めて呑み込む。今ある選択肢のなかで、最善と思えるものを勇気をもって決断する。その姿勢に学ぶことが多かったです。

個々に与えられた時間も能力も有限です。全てのことを同時にテーブルの上に広げ、際限無く道を探せるとしたら、どれほど理想でしょう。また、それはどれ程の逃避でしょう。

娘を抱きしめる姿からは、自分自身を抱きしめ、育て直しているんだなと感じました。人はいつまでも自分の傷を自分で癒やす活動を知らず知らず繰り返し、哀しいと同時にいじらしい存在だと感じました。

娘の人生を、違う時間軸で先見し、編んでいくひとりの人間。わたしも人と関わるときに持っていたい視点です。

役者さんたち

宮沢りえさんからは、あまり母性を感じなかったのですが、演出上も物語上もそれで良かったのだと思います。個人的には、あまり演技について天性の才能は感じない方なのですが、後半の所作がとても素晴らしく、失礼な表現になりますが、とても学び努力されている方なのだと思いました。

病状が悪化するにつれての表現は秀逸で、日常で、どれだけ周囲を深く観察されているかが忍ばれます。とても客観的な視点の強い秀才なのだと思いました。観察は愛がなければできないこと。その強さに彼女の本質を見たような気がしました。

私にとって、天性の才能を感じる俳優さんという定義は、役の感情に加えて、個人の感情を織り交ぜ、複雑な力を発揮する方です。表現にはその方の人生が出てきます。経験を消化・昇華し、醗酵させ熟成させなければできない表現があります。私はそれこそが俳優さんの才能だと考えています。

その意味で、宮沢りえさんの心の「あや」は少し弱く感じたのですが、1シーンだけ、「母に会いたい」とつぶやく表情は、複雑な光が被さりとても感動しました。とても深い表現でした。美しかった。

娘役の杉咲花さんは、才能の塊ですね。素晴らしかった。この映画自体が彼女のプロモーションビデオのようでした。

Amazonプライムのレビューについて

きっと賛否があることだろうと拝見しました。多くの方が「私だったらこうする。これは正しくない」といった旨の発信をされています。

が、この映画で大切なことは、傍観者がどう思おうと関係がないところです。

恐らくですが、母親として、ひとりの人間として、ここに、ふたりの関係性において深く向き合い、残された人生における「最善」を勇気をもって選択し、実行しているのだと思います。「善い」と「正しさ」、そして「必要性」は、ある時点において同じ方向を指さないこともあるものです。物語の収束には、数十年単位の時間がかかるのです。

正しいか、正しくないかは、娘の今後の人生における、時々で判断が何度も揺れることでしょう。他の誰も決めることができないし、真実とはいつまでも定まらないものでもあるからです。誰もが思い当たる感情や経験をひとつはお持ちではないでしょうか。

あえて今回他人様のレビューにまで言及するのは、そうですね、、、なんというか、表面上のタグ的な部分に気を取られ、早急なジャッジをしすぎな方が多かったからです。読書をしない(思考しない)人間たちの劣化が進んでいるなと嘆かわしい思いです。

自分ならこうする、と意見を持つことは大切ですが、その者がなぜその思考に至ったか想像力を働かせることが、より重要ではないでしょうか。共感できるできないは、また、別のことです。

想像力は愛です。均質性の高すぎる日本人が、想像力を取り戻してくれることを望みます。