レビュー

映画「友罪」

作品としての感想

導入に時間がかかり、シリアスなテーマであるのに退屈すぎるイントロ。それだけで緊張感を失ってしまった。脚本・演出ともにテーマを絞りきれていないため、役者自身も揺れながら曖昧な逃げの演技をしている。すべてを描くのではなく、「大胆に削ぎ落とした上で客の想像力を味方につける」そのような映画であればと感じた。

話はそれるが、昨今の日本の映像は、一から十までしっかり説明してしまうようなものが増えた。受け手のレベルが落ちているのか、また、その理解度を軽んじられているのか。。。いずれにせよ嘆かわしいことだ。想像でしか描けないことというのはあるのだ。悲しみの見本市のような展開は、自分の本質に深く問うには散漫すぎた。

また、本作品では主役級の演技力が足りておらず、不要なキャストも目立つ。一番光っていたのは富田靖子さんの命を説くシーンの迫力だ。だが、前後の演出もまたくだらなく失笑してしまった。この監督は一体何を伝えたかったのだろう。。。どこに連れて行こうとしているのだろう。最後の瑛太さんの引きのシーンは爆笑しそうだった。

感じたこと

作品についてこき下ろしてしまったが、扱っているのは深淵なテーマ。「愛する者が犯罪者であったら・・・それも殺人を犯していたら・・・」に加えて、強く意識したのは、「後悔とともに生きることの苦しさ」であった。

自分の記憶も罪も消すことはできない。向き合って生きることの例えようのない疲労感と絶望。胸が詰まる。救いがないことを知っていてなお、生きることに抗えない。後悔という感情は、自身とそれを愛する人々の心まで食い尽くすことがあるのだと思った。

作品を楽しむのではなく、哲学の時間と思えば・・・2時間は・・・やっぱりサンクコストかな・・・