レビュー

映画「マダム・ベー」ある脱北ブローカーの告白

【感想】★★★☆☆(50点)

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概要

脱北して中国の寒村に売られるという数奇な運命を生きる女性を追うドキュメンタリー。中国側の夫に一定の理解を得て、脱北した息子と会うためにタイ経由で韓国へ向かう。そこでは、引き離されていた北の家族との再開を果たすものの、中国の夫への思慕のために、今度は心を引き離される。国家によって翻弄され続ける、ひとつの人生を描き出す。

感想

彼女が脱北後もひたすら苦労しており、中国の寒村は、北朝鮮と比べてどうなのだろうかと思わせる。誰の目も気にせず泣けるだけましなのだろうか。

彼女は迷いながらも息子に再開する旅に出る。ここでも、中国国内の身分証明書の複雑さなどが垣間見えて興味深い。タイ経由で韓国に運良く辿り着いた彼女は、一旦ある程度の落ち着いた生活を手に入れているようではあったが、北での家族が揃っているはずの家は、ホームと呼ぶものとは遠い存在だ。

北の夫との関係も複雑な背景があるのだろうと思う。韓国のアパートで暮らす夫の姿は抜け殻のようで、目に生気がない。あまり多くを語らないが、相当の経験をしてきているようだ。

ひとつ、とても心に残ったシーンがある。息子の一人が顔に美容パックをし始めるところだ。その様子を不思議そうに見つめる父の姿がとても印象的だった。美容意識の高い韓国文化に少しずつ感化され始めている息子と、未だ時間が止まったままの父親の姿が胸に迫る。二人の間に会話は一切ない。

剥がし残しているパックを母親が取ってやる姿が、何年も離れていた息子を愛おしんでいるようでもあり、その姿の向こうに、通り過ぎて触れることのできなかった幼い姿を見ているようでもあり、切ない。

息子達は、かなり鬱屈した感情を韓国当局に持っていたり、その複雑な胸の内からは、脱北後も延々と続いていく苦悩というものがあるのだと改めて学んだ。

彼女は北の夫や息子たちと別れて、中国の夫の元へ帰りたいと考えていた。韓国での暮らしぶりの方が幾分良さそうに見えるが、そこには足りないものがあるらしい。彼女は生まれて以来、絶えず経済的な苦労をしているように思えるが、それでもなお、中国の夫が与えてくれた「安らぎ」をより求めているところに、人間の本質を感じる。

そう言えば、彼女が遠慮なく中国の夫と話す様子はいつも騒々しい。それは韓国で暮らす北の家族とはとても対照的だ。北の家族とは、血の繋がりがあろうとも、やはり盗聴器の存在などを想起させ、心が安らぐことがなく苦しいのかもしれない。中国の夫は、二人の子供をつくらないことも同意してくれていたようで、その深い理解と思いやりには希望を感じた。

まだ視聴できていないが、映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」(下記)では、子供が親を通報する様子が語られていたりと、親子の概念さえ、我々の感覚とは相当異なることが描かれているようなので折を見て学びたいと思う。

国家によって与えられた傷が何代も何代も不毛に続いていく、やるせなさを感じさせる、そんな映画であった。

(注意)いずれも予告編には暴力シーンがあります。

  • 映画「トゥルーノース」(2021公開)